大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和58年(行ウ)8号 判決 1985年3月25日

原告 平井平一

被告 兵庫税務署長

代理人 高田敏明 杉山幸雄 小巻泰 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五四年分所得について、被告が昭和五六年四月一六日にした原告に対する所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定により取り消された部分を除く。)を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分等の経緯等

原告が昭和五四年分の所得税についてした確定申告、これに対する被告の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下二つの処分を合わせて「本件処分」という。)、本件処分の一部を取り消した被告の異議決定並びに国税不服審判所長がした裁決の経緯内容は、別表のとおりである。

2  本件処分の違法性

(一) 原告には昭和五四年分所得につき分離長期譲渡所得がないにもかかわらず、同所得があるものとして行つた被告の本件処分には法令の解釈適用を誤つた違法がある。

(1) 原告の亡母平井ゆうは、神戸市兵庫区山田町上谷上字溲原二〇番二(のちに「神戸市北区」と住局表示変更)山林一四八七平方メートル(実測五五〇七平方メートル、以下「本件譲渡土地」という。)を所有していたが、大末建設株式会社(以下「大末建設」という。)に昭和四五年六月二五日、本件譲渡土地の所有権を移転し、翌二六日無償譲渡を登記原因として平井ゆうから大末建設に本件譲渡土地の所有権移転登記と現実の引渡しがなされ、同年七月一日平井ゆうと大末建設との間で造成工事不動産所有権移転等に関する契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)が取り交わされた。その内容は、大末建設の費用をもつて宅地造成工事を遂行し、同工事が完了したときは大末建設は平井ゆうに右造成された土地のうち約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)(以下原告が大末建設から返還を受ける土地を「本件取得土地」という。)を返還することなどであつた。

その後の昭和四五年一二月一二日に平井ゆうが死亡したため、原告がその地位を承継した。

ところが、昭和四九年に至つて、原告と大末建設との間で原告の強い要請によつて本件取得土地の面積を実測一二一一・五四平方メートル(三六七坪)に増加確定する旨の覚書(以下「本件覚書」という。)が交わされた。大末建設は、昭和五〇年六月三〇日、本件譲渡土地を含む一団の土地を財団法人電気通信共済会(以下「共済会」という。)に売却し、同年七月一四日その旨の所有権移転登記を終えた。そして同年八月一一日には、大末建設は共済会と本件譲渡土地を含む一団の神戸花山台住宅地造成工事契約を締結し、造成完了後の昭和五四年三月二三日共済会より造成した土地の一部(分筆、地目変更後である。)の所有権の移転を受け、そのうちの一部を本件取得土地として、同年六月八日原告にその所有権を移転した。

なお、大末建設は、平井ゆうから取得した本件譲渡土地を含む一団の土地につき、自己所有土地であるとして地方税法に定める特別土地保有税(本件譲渡土地についていえば、面積一四八七平方メートル、取得年月日昭和四五年七月二日、取得価額三七一万七五〇〇円として申告)を神戸市に納付し、また、本件譲渡土地に抵当権を設定して昭和四九年七月二三日に農林中央金庫から三億円、太陽神戸銀行から一〇億円の融資を受けている。

(2) 以上の事実からして、本件譲渡所得の総収入金額に算入すべき時期は、昭和四五年六月二五日か、あるいは遅くとも本件覚書を作成した昭和四九年である。

すなわち、大末建設は、本件譲渡土地につき前述のように、特別土地保有税を納付したり抵当権を設定して銀行から融資を受け、また、本件譲渡土地を共済会に売却し、所有権移転登記を終えたが、宅地造成が完了した後に本件取得土地を原告に返還するためにわざわざ共済会から所有権の移転を受けたうえ原告に返還する手続をしていることなどからみても、平井ゆうは、本件譲渡土地の宅地造成工事を大末建設に委託したのではなく、本件譲渡土地の所有権を大末建設に真実移転し、その対価として本件取得土地を宅地として取得することとしたものである。しかしながら、平井ゆうは、本件譲渡土地の譲渡の対価として本件取得土地そのものの所有権を取得したものではなく(土地の交換ではない。)本件取得土地の所有権の無償移転請求権を取得したものである。

したがつて、本件譲渡土地の譲渡所得は、平井ゆうが大末建設に対し本件取得土地所有権の無償移転請求権を取得した昭和四五年六月二五日に発生したものというべきであり、同日が所得税法三六条一項所定の「収入すべき権利の確定」した時期である。

本件取得土地の面積は当初約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)でのちに本件覚書によつて三六七坪(一二一一・五四平方メートル)と変更されているが、これは単なる本件取得土地面積の変更にすぎず、その所有権の無償移転請求権自体の確定した時期が昭和四五年六月二五日であることを左右するものではない。

仮に、本件取得土地所有権の無償移転請求権が本件覚書によつて変更確定されたとしても、収入すべき時期は本件覚書の作成された昭和四九年である。

(3) 原告と大末建設との右取引は、本件譲渡土地と本件取得土地との交換ではない。

すなわち、本件譲渡土地の所有権は平井ゆうから大末建設を経て本件造成工事の施主である共済会に移転され、造成工事完了後においても、本件取得土地については共済会から改めて大末建設に対して所有権を移転しない限り、大末建設はその所有権を取得できない関係にあるから、被告主張の収入すべき日である昭和五四年六月八日には、原告も大末建設も互いに交換すべきなにものをも所有していない。したがつて、原告と大末建設との取引が交換であるとの被告の主張は失当である。

(4) 仮に、交換であるとしても、本件譲渡土地の価格と本件取得土地の価格とは同一なのであるから譲渡益はないし、これが交換でありその造成費が譲渡価額としても、本件取得土地の面積、範囲、位置が確定したのは昭和四九年であるから同年の造成費を基準として譲渡益を計算すべきである。本件造成工事は、当初の予定よりも大幅に遅れたために造成費も大幅に増加したもので、その値上りに伴う課税増加額を原告が負担すべき理由はない。

(二) 被告は、本件と同種事例につき等価交換として譲渡所得を課税していないにもかかわらず、原告のみに対し本件のような課税をするのは不公平である。

すなわち、被告は、住友不動産株式会社が昭和四九年に神戸市兵庫区山田町小部字西山一四、山林三三〇五平方メートルほか一団の土地につき造成工事を施した際、山林所有者らが造成後の宅地を取得したにもかかわらずこれを等価交換として譲渡所得の課税をしていない。

右の事例からみても明らかなように、被告の原告に対する本件課税処分は不平等、不公平な取扱いといわざるをえない。

3  以上の次第で、被告のした本件処分はいずれの点からみても違法不当であるから、原告はその取消しを求めて本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2(一)について

(1) 同冒頭の主張は争う。

(2) 同(1)の主張のうち、平井ゆうが昭和四五年六月二五日大末建設に本件譲渡土地の所有権を移転したことは否認し、翌二六日に同土地の現実の引渡しがされたこと、大末建設が同土地に抵当権を設定して農林中央金庫から三億円、太陽神戸銀行から一〇億円の融資を受けていることは不知、その余の事実は認める。

(3) 同(2)及び(3)の各主張はいずれも争う。

(4) 同(4)の主張は争う。原告の収入金額は、後述のとおり、昭和五四年六月八日に実際に享受した経済的利益等をもとに算出するので、原告に帰責事由のないままに造成工事が遅延して造成費用が過大になつたとしても、収入金額の算出になんらの消長も生じないものと解すべきである。

3  請求原因2(二)は争う。住友不動産株式会社の行つた原告主張の造成事業は、土地区画整理法に基づく土地区画整理事業であるから、造成後の宅地(換地)を取得した地主は、租税特別措置法三三条の三(換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例)の適用を受け、課税上は譲渡がなかつたものとみなされるのに対し、本件造成工事は土地区画整理法に基づくものではないから譲渡所得の課税対象となるもので、課税上不公平な結果を生ずるものではない。

4  請求原因3の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告が宅地造成契約に基づき本件取得土地を取得した経緯

(一) 本件宅地造成契約の締結

(1) 平井ゆうが、本件譲渡土地を所有していたが、同人は昭和四五年一二月一二日に死亡したため原告がその地位を承継した。

(2) 他方、共済会は、神戸電鉄花山駅東よりの山麗の花山台又は大池見山台と称する本件譲渡土地を含む神戸市兵庫区山田町上谷上字溲原二六番ほか一団地を開発するため、昭和四七年四月二五日神戸市長に対し、大末建設を工事施行者として開発許可を申請し、昭和五〇年三月一八日開発許可を得た。その後、大末建設は、宅地造成工事に着工し、昭和五三年に右工事を完成させ、同年一二月二一日神戸市長から右開発行為に関する工事の検査済証の交付を受けた。

(3) 右宅地造成事業の遂行のため、昭和四五年六月二六日平井ゆうから大末建設に本件譲渡土地について無償譲渡を原因とする所有権移転登記手続がされ、同年七月一日右両者間で、<1>本件譲渡土地を宅地造成工事遂行のため大末建設に移転すること、<2>便宜上大末建設の名義となつた本件譲渡土地につき、大末建設が費用を負担して宅地造成工事を遂行し、その工事が完了したときに平井ゆうに対し右宅地造成された土地のうち約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)を返還しその余の残地は大末建設が所有権を有すること、を内容とする本件公正証書が取り交された。

(二) 本件覚書の作成

その後の昭和四九年に至り、原告と大末建設との間で、本件取得土地の面積を約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)を原土地面積(五五〇七平方メートル)の二二パーセントに当る実測一二一一・五四平方メートル(三六七坪)に変更する本件覚書が作成された。

(三) 本件取得土地等の所有権移転登記

その後、大末建設は昭和五三年に宅地造成工事を完了させたのであるが、本件造成事業は共済会が開発事業の造成主となりその工事施行を大末建設が担当した関係上、共済会が関係官庁の開発許可及び宅地造成完了にともなう検査済証の交付等を受け、その後に大末建設に造成済の宅地を分配する手続を行うこととし、大末建設は、昭和五四年二月八日の共済会との間で本件取得土地を含む取り分を特定して取得し、同年三月二三日同土地につき登記名義の回復をした。その後、原告は、本件取得土地(一二一一・五四平方メートル)及び超過返還土地(二・一四平方メートル)として大末建設より取得した左記五筆の土地合計一二一三・六八平方メートルにつき、神戸地方法務局昭和五四年六月八日受付第一六三六五号をもつて真正な登記名義の回復を原因として所有権移転登記をした。

<1> 神戸市北区大池見山台一四番一八二 宅地 二二三・五六平方メートル

<2> 同所一四番一八三         宅地 二四二・九一平方メートル

<3> 同所一四番一八四         宅地 二〇七・七一平方メートル

<4> 同所一四番一八八         宅地 二七二・四一平方メートル

<5> 同所一四番一八九         宅地 二六七・〇九平方メートル

しかも、原告は、大末建設に対し、「造成協力(提供)面積一六六六坪、返還義務面積三六七坪、実質返還面積三六七・一五坪、面積過不足精算金二万六二五〇円支払、本件公正証書に基づく大末建設の義務はすべて完了したことを確認した」と記載した昭和五四年六月八日付け確認書を提出した。

なお、右超過返還面積二・一四平方メートル(〇・一五坪)とは、一団の造成された宅地区画のうちに本件覚書による本件取得土地面積一二一一・五四平方メートル(三六七坪)と同一面積の区画がないため二・一四平方メートル多い面積の土地を取得したというもので、その精算金として原告は大末建設に対し二万六二五〇円を支払つたものであり、本件譲渡所得金額の算定につき右超過返還面積は除外されている。

2  譲渡所得の課税

譲渡所得に対する課税は、保有する資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得とし、その資産が所有者の支配を離れて他に移転する機会をとらえてこれを清算し右増加益に対して課税する趣旨であるから、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず資産を所有者の支配を離れて他に移転させる一切の行為をいうものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原告は、大末建設が本件譲渡土地を含む周囲の一団の土地を花山台又は大池見山台分譲地として造成するに際し、本件譲渡土地の所有権を大末建設に移転し、その対価として大末建設から本件取得土地の所有権を取得したものであり、このような取引は民法上の交換であつて所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」に該当することは、明らかである。

そして、本件のような宅地造成契約に基づく土地交換等に起因する資産の譲渡については、従来の取扱いは、造成前の土地と造成後の返還土地の位置が全く異なる場合、造成前の土地は譲渡所得の対象とされるものと解されて来た。

ところが、右宅地造成契約に基づく土地交換等による譲渡所得に対する課税の際には、造成前の土地と造成後の返還土地とに位置が異なるかどうかを実際に確認することは困難であつたこと、また、位置が異なるとしても、その土地の異動を権利の変動と認めてよいかどうかの疑問もあつたことなどから、昭和五六年二月の所得税基本通達(以下「通達」という。)の整備に当たり、通達三三―六の四、五が新たに設けられ、造成前の土地面積から造成後取得する土地面積相当分を控除した面積部分につき資産の譲渡があつたものとして取り扱われることとなつた。

3  譲渡所得の総収入金額に算入すべき時期

(一) 所得税法三六条一項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入すべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めのあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」と規定し、右の「収入すべき金額」とは、「収入すべき権利の確定した金額」のことであり、資産を譲渡した場合はその所有権が相手方に移転し、その代金債権が成立したときに所得が実現したことになる。(同法三六条二項からも明らかである)。

(二) これを本件についてみるに、本件譲渡所得の収入すべき時期は昭和五四年六月八日と解すべきである。すなわち、

(1) 昭和四五年六月二五日付け所有権移転登記(登記原因は昭和四五年六月二五日原告から大末建設への無償譲渡)は、造成事業の認可を受ける目的から形式的かつ便宜的に登記名義のみを大末建設に移したものにすぎず、売買を目的として名義変更したものではない。したがつて、昭和四五年六月二五日の時点はもちろん、翌二六日の時点においても本件譲渡土地の所有権が原告から大末建設に実質的に移転されたとはいえない。

(2) 本件覚書は、本件公正証書に記載された本件取得土地の地積を変更したにすぎず、これをもつて本件取得土地の位置及び範囲を特定し収入すべき権利を確定したものとはいえない。大末建設が、共済会との間で本件取得土地を含む取り分を特定取得したのが昭和五四年二月八日であり、その登記名義の回復が同年三月二三日であることからしても、原告が大末建設から本件取得土地の返還を受けたのは、右のいずれの時期よりも後になることは明らかである。

(3) 原告は、大末建設が神戸市に特別土地保有税を申告納付していること、右申告書には本件譲渡土地の取得年月日を昭和四五年七月二日としていることから大末建設は同日確定的に右所有権を取得した旨主張している。

しかしながら、大末建設は、右申告に際し、申告書のみを神戸市北区役所に提出し本件譲渡土地の所有関係を明らかにする本件公正証書、契約書等の証拠書類を添付しなかつたものと推測される。

他方、神戸市北区役所においても、本件譲渡土地につき、本件公正証書、契約書等の有無、内容を確認することなく、大末建設から提出された申告書の内容と登記簿上の所有名義が合致していることだけから大末建設をその所有者と認めたにすぎず、特別保有税の制度が実施されてからまだ日も浅く実務的にも十分に定着していなかつたこと等の事情から、右登記が単なる造成のための便宜的なもので実質を伴わないものかどうか十分調査をしなかつたものと思われる。

したがつて、大末建設の右納税申告は、単に登記名義に基づく一方的なもので、これをもつて本件譲渡土地の所有権の移転時期が確定されたり左右されるものではない。

(4) また、大末建設と共済会との間に取り交された証明書(甲第一二号証)の単なる日付(昭和五〇年六月三〇日)によつて原告から大末建設に対する本件譲渡土地の所有権の真実の移転時期が確定されたり左右されるものでもない。

(5) 他方、本件取得土地が位置、面積において特定されその所有権移転登記手続がされた年月日、本件公正証書に基づく大末建設の義務がすべて完了した旨の原告の確認書を大末建設に提出している年月日が、いずれも昭和五四年六月八日であるから本件譲渡土地が大末建設に譲渡された時期は昭和五四年六月八日と解される。

してみると、原告の本件譲渡所得の収入すべき時期とは、原告が大末建設から本件譲渡土地の譲渡対価としての「収入すべき権利」の確定したとき、すなわち、本件取得土地を面積、位置、範囲において特定して取得した右昭和五四年六月八日というべきである。

4  譲渡所得金額の算定

原告の昭和五四年分の分離長期譲渡所得金額は、次のとおりである。

<1> 宅地造成工事の総額            一四億八八三〇万円

<2> 有効宅地面積         七万〇三九〇・九五平方メートル

<3> 有効宅地一平方メートル当りの造成工事     二万一一四三円

<4> 本件取得土地の面積        一二一一・五四平方メートル

<5> 譲渡価額(<4>造成費用)       二五六一万五五九〇円

<6> 取得費(租税特別措置法三一条の四第一項) 一二八万〇七七九円

<7> 特別控除(同法三一条二項)            一〇〇万円

<8> 譲渡所得金額              二三三三万四八一一円

原告と大末建設との間で、本件覚書により、本件譲渡土地(五五〇七平方メートル)を宅地造成事業遂行のため大末建設に移転し、本件取得土地(換地)を一二一一・五四平方メートルとする旨取り決められた。

この場合、前記通達によれば、換地の面積(一二一一・五四平方メートル)に相当する部分は譲渡がなかつたものとみなされ、造成前の土地の面積(五五〇七平方メートル)から造成後の面積(一二一一・五四平方メートル)を差し引いた四二九五・四六平方メートル(いわゆる減歩面積)が譲渡されたものとして、譲渡所得の収入金額(<5>の譲渡価額)となるのであるが、その価額の算出については本件取得地(一二一一・五四平方メートル)の造成工事費に相当する金額によるとされている。(通達三三―六の五)。

したがって、本件譲渡にかかる収入金額(<5>の譲渡価額)は、一四億八八三〇万円(<1>の宅地造成工事の総額)を七万〇三九〇・九五平方メートル(<2>の造成事業完了後の有効宅地面積)で除した二万一一四三円(<3>の有効宅地一平方メートル)に、原告の取得した換地(本件取得土地)一二一一・五四平方メートル(<4>の本件取得土地の面積)を乗じた二五六一万五五九〇円となる。

よつて、右譲渡所得金額は、原処分の譲渡所得金額二二九三万九二〇〇円を上回る金額となるので、本件処分にはなんら違法はない。

5  過少申告加算税賦課決定処分の適法性

被告が原告に対してした過少申告加算税の賦課決定処分は、国税通則法六五条一項の規定に基づく処分であり、なんら違法はない。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告主張1のうち、(一)(1)は認める、(一)(2)は不知、(一)(3)、(二)及び(三)はいずれも認める。

2  被告主張2のうち、原告と大末建設との取引が交換であるとの主張は争い、その余は認める。

3  被告主張3は全て争う、とりわけ本件譲渡による収入すべき時期が昭和五四年六月八日との被告の主張は強く争う。

4  被告主張4及び5の主張はいずれも争う。

第三証拠 <略>

理由

一  争いのない事実

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2(一)(1)のうち、平井ゆうが大末建設に昭和四五年六月二五日本件譲渡土地の所有権を移転したこと、翌二六日に同土地の現実の引渡しが行われたこと、大末建設が同土地に抵当権を設定して農林中央金庫から三億円、太陽神戸銀行から一〇億円の融資を受けていることを除くその余の事実については、当事者間に争いがない。

二  資産の譲渡について

原告の本件譲渡土地の譲渡が、譲渡所得の課税対象となる所得税法三三条一項所定の「資産の譲渡」に当たるかについて検討する。

1  本件取引の経緯内容

<証拠略>を総合すると、次の事実が認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  共済会は、花山台又は大池見山台と称する本件譲渡土地を含む神戸市兵庫区山田町上谷上溲原二六番ほか一団地(一二万八五三六平方メートルとして申請)を開発するため、昭和四七年四月二五日、神戸市長に対し、大末建設を工事施行者として開発許可を申請し、昭和五〇年三月一八日開発許可を受けた。

(二)  ところで、平井ゆうが所有していた本件譲渡土地は右開発区域に含まれていたために、右開発許可申請に先立ち、大末建設から平井ゆうに対し本件譲渡土地及び同女所有の同所二〇番三の土地を購入したい旨の申入れがあり、原告が中心になつて交渉した結果、右二〇番三の土地は大末建設に売却すること、本件譲渡土地は大末建設が造成した時点で宅地として返還することの合意が成立した。

(三)  そこで、本件譲渡土地につき、昭和四五年六月二六日登記原因同月二五日無償譲渡として平井ゆうから大末建設に所有権移転登記の手続がされた。

そして、同年七月一日には、平井ゆうと大末建設との間で、<1>平井ゆうはその所有に係る本件譲渡土地の所有権を大末建設が行う宅地造成工事遂行のために大末建設に移転する(なお、当初「形式的」に移転すると記載されていたがその後「形式的」の文字が削除された形跡がうかがえる。)、<2>大末建設は、右<1>により便宜上自己名義になつた山林を大末建設の費用をもつて宅地造成工事を遂行しその工事が完成したときは大末建設は平井ゆうに対し右造成された土地のうち約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)を返還することとし右返還面積を控除した残地についてはその後大末建設が完全に所有権を取得する、<3>大末建設は右<2>の平井ゆうが取得すべき土地の位置及び場所を提示する、ただし大末建設が指示したうちで平井ゆうが決定することができることを内容とした本件公正証書が取り交わされた。

(四)  その後の昭和四五年一二月一二日に平井ゆうが死亡したため、原告がその地位を承継した。

(五)  他方、大末建設は、昭和四六年一二月一七日に農林中央金庫との間で、本件譲渡土地につき、登記原因同月一五日金融取引契約の同日設定契約・債権極度額三億円とする根抵当権設定登記手続をした。

(六)  昭和四九年に至り、原告と同じように造成した宅地を取得する約束をした訴外の他の者の返還面積率が二二パーセントであつたことから、原告は右の者らと同様に扱うよう大末建設に強く要請した結果、本件公正証書の本件取得土地の返還面積が約二〇〇坪(六六一・一五平方メートル)とあるのを原土地面積の二二パーセントである実測一二一一・五四平方メートル(三六七坪)と確定する旨の本件覚書が原告と大末建設との間で交わされた。

(七)  大末建設は、さらに昭和四九年七月二九日に太陽神戸銀行との間で、本件譲渡土地につき、いずれも登記原因昭和四九年七月二三日設定・債権極度額一〇億円、四億円とする三番、四番の根抵当権設定登記手続をした。

(八)  昭和五〇年三月一八日に至り、前述のとおり神戸市長の開発許可がおりたので、大末建設から共済会に対し、昭和五〇年七月一四日登記原因同年六月三〇日売買とする所有権移転登記の手続がされ、右両者間において、共済会を注文者、大末建設を請負人とする昭和五〇年八月一一日付け住宅地造成工事契約が締結され、本件譲渡土地を含む一団の土地を花山台又は大池見山台団地とする造成工事に着手したのであるが、土地境界争い等が発生したため当該工事は当初の計画より大幅に遅延し昭和五三年ころに完成し、その間、本件譲渡土地は昭和五三年三月二二日神戸市北区大池見山台一四番にいつたん合筆されたうえ、同年一〇月五日宅地にふさわしい形状に分ける目的で本件取得土地等に分筆登記が行われた。その後、共済会は同年一二月二一日付けで神戸市長から右開発行為に関する工事の検査済証を受けた。

なお、大末建設は、神戸市に対し本件譲渡土地を含む神戸市北区山田町上谷上字溲原の一団の土地につき昭和五〇年度分の特別土地保有税(保有分)の申告をした。右申告年月日は明らかでないが、昭和五〇年度分の申告であることからして少なくとも右造成工事中にされたことがうかがえる。そして、右申告書には、本件譲渡土地の取得年月日昭和四五年七月二日・取得の原因及び目的として交換と記載された。

(九)  共済会は、造成した神戸市北区大池見山台一四番一から、<1>同所一四番一八二宅地二二三・五六平方メートル、<2>同所一四番一八三宅地二四二・九一平方メートル、<3>同所一四番一八四宅地二〇七・七一平方メートル、<4>同所一四番一八八宅地二七二・四七平方メートル、<5>同所一四番一八九宅地二六七・〇九平方メートルをそれぞれ分筆し、昭和五四年三月二三日には、大末建設に対し真正な登記名義の回復を登記原因として右<1>ないし<5>の土地の所有権移転登記をした。

(一〇)  そこで原告は、本件公正証書に則り大末建設との間で本件取得土地を右<1>ないし<5>の土地と確定するとともに、昭和五四年六月八日付け確認書により本件公正証書に基づく大末建設の義務が完了したことを確認している。そして同確認書には、造成協力(提供)面積一六六六坪、貴社返還義務面積三六七坪、貴社実質返還面積三六七・一五坪、面積過不足精算金二万六二五〇円支払と記載された(なお、右精算金は大末建設が原告に返還すべき本件取得土地が本件公正証書による約定面積より区画配分上増加したので、その増加部分の対価として原告が大末建設に支払つたものである。)。他方、大末建設から原告に対し、同日右本件取得土地について真正な登記名義の回復を登記原因として所有権移転登記が経由された。

2(一)  ところで、譲渡所得の本質は保有資産の値上がりによる価値の増加益であり、譲渡所得それ自体は右増加によつて発生するが譲渡所得に対する課税は、徴税技術の視点からも考慮して、資産が保有者の支配を離れて他人に移転するのを機会に、その保有期間中の資産の値上がりにより、その保有者に帰属する増加益を清算して課税する趣旨であるから、所得税法三三条一項にいう「資産の譲渡」とは、有償無償を問わず譲渡性のある所有権その他の権利等保有資産を移転させるいつさいの行為をいうものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年一二月二六日判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁、同昭和五〇年五月二七日判決・民集二九巻五号六四一頁参照)。

そこで原告と大末建設との取引が右にいう「資産の譲渡」に該当するかを検討するに、前記認定事実及び当事者間に争いのない事実並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、大末建設が本件譲渡土地を含む周囲一団の土地を花山台又は大池見山台分譲地として造成するに際し、本件譲渡土地の所有権を大末建設に移転し、その対価として大末建設から宅地造成後の本件取得土地を取得したことが推認されるので、本件取引が所得税法三三条一項所定の「資産の譲渡」に該当するものといわねばならない。

しかし、同譲渡資産の範囲内容については本件取引の内容及び法的性質とも関連するので、さらに場合を分けて検討するに、<1>本件譲渡土地が本件取得土地を含んでいない場合は民法上の交換に、<2>本件譲渡土地が本件取得土地を含んでいる場合は本件取得土地の宅地造成工事の対価として本件譲渡土地のうち本件取得土地を除いた残地の所有権を移転する一種の無名契約と認めるのが相当である。そして、右<1>の場合は本件譲渡土地の所有権が、右<2>の場合には右残地の所有権が、所得税法三三条一項の「資産」にあたるものと認められるところ、被告主張のとおり、本件をも含め造成前の移転する土地の位置と造成後返還されるべき土地の位置とが異なるものかどうか実際に確認することは困難であることなどから通達三三―六の五が設けられ、右<1><2>のいずれの場合においても、結局、本件譲渡土地の面積から本件取得土地の面積を引いた部分(以下「本件譲渡資産」という。)の「資産の譲渡」があつたものといわなければならない。

(二)  なお、原告は本件譲渡土地の所有権を大末建設に移転しその対価として大末建設から造成工事完了後に本件取得土地所有権の無償移転請求権を取得したにすぎない旨主張するが、同主張は、前記のように宅地造成のために段階的に進展した本件取引の実態の全体を正確に把握したものとはいえないのみならず、本件取引の法的性質と当事者の意図目的、同種取引の実情などとも掛け離れたもので、とうてい採用できない。

また、原告は、仮に交換としても本件譲渡土地の価額と本件取得土地の価額とは同一であるから譲渡益はない旨主張するが、譲渡所得に対して所得税を賦課する理由は前示のとおりであるから、交換等に当る本件取引が「資産の譲渡」に該当することは明らかである(なお、譲渡所得に対する課税は譲渡資産の増加益に対して賦課されるが、増加益の有無は譲渡資産の取得時と譲渡時の価額差によつて決められるべきことであつて、譲渡時の資産価額と対価額の価額差によつて決められるべき筋合のものではない)。

3  次に、本件課税時期について検討する。

(一)  所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、収入すべき権利の確定した金額をいい(最高裁判所昭和四〇年九月八日決定・刑集一九巻六号六三〇頁参照)、資産を譲渡した場合のその確定時期は、所有権等の資産が相手方に移転し、代金債権等の権利が確定したときと解するのが相当である。

なお、通達三六―一二は、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は原則として資産の引渡しがあつた日とし、譲渡契約の効力の日により申告があればそれを認めているが、さらに、本件のような宅地造成に関連して土地の交換等が行われた場合については通達三三―六の五は「引渡しがあつた日」とは「換地の取得の日」と定めている。これは、本件取引の実態が前記本件交換又は本件無名契約であつて、資産の所有権移転時期を換地の取得日とする取引の実情に合致するからであり、本件取引においても右取扱いと異なる取扱いをすべき特段の事情はみられない。

(二)  してみると、本件においては、収入すべき権利の確定する時期は、結局、本件譲渡資産の所有権移転の時期であるから、本件譲渡資産の所有権がいつ移転したかについて検討する。

ところで、本件譲渡資産は、本件譲渡土地の面積から本件取得土地の面積を引いた部分であることは前記のとおりであるから、本件取得土地の位置・範囲・面積が確定しない以上本件譲渡資産も特定できず、その所有権の移転もありえない。

そして、本件取得土地が位置・面積・範囲において特定され、その分筆登記がされたのが昭和五三年一〇月五日であることは、前記のとおりであるから、本件譲渡資産の所有権の移転は同日以降といわざるを得ない。

したがつて、本件収入すべき時期が昭和四五年六月二五日が遅くとも昭和四九年であるとの原告の主張は、理由がない。

むしろ、前記認定のとおり、本件公正証書による本件譲渡土地の所有権移転は宅地造成工事遂行のために便宜上行われたものであり、原告から大末建設、さらに大末建設から共済会へと所有権移転登記がされたのも共済会に開発許可を得させるためであつたこと、本件公正証書において原告が本件取得土地を取得した後に大末建設が本件譲渡資産の所有権を「完全に」有するとされていること、昭和五四年六月八日付けで前記のとおりの確認書が作成され、また、原告に対する本件取得土地の所有権移転登記がされていることなどから判断すると、原告は、本件取得土地の所有権を取得した昭和五四年六月八日に、大末建設に対し本件譲渡資産の所有権を移転したものと解されるので、同日本件譲渡所得が発生したものといわねばならない。

(三)  この点、原告は、前記認定のとおり、大末建設が本件譲渡土地の特別土地保有税を申告納付したり、抵当権を設定して銀行から融資を受けていること、所有権移転登記も大末建設から共済会までされていることなどからして、右はいずれも実質的な所有者しかできないことであるから、本件譲渡資産の所有権を移転したのは昭和四五年六月二五日である旨主張する。

しかし、原告主張の特別土地保有税については、同税は昭和四八年に創設されたものであり被告主張の事情もあつたかもしれないが、むしろ前記関係各証拠によると、大末建設としては本件譲渡土地の所有権を取得しない以上共同の宅地造成事業者である共済会が神戸市長より開発許可を受けられない関係にあり、昭和五〇年三月一八日共済会に対し右許可が下りた以上、本件譲渡土地の登記名義人である大末建設が神戸市に対し特別土地保有税を申告納付せざるを得ない立場にあつたことが認められるので、右納付があつたからといつて直ちに実質的な所有権移転がなされたとはいえない。

次に、原告主張の融資及び所有権移転登記の点については、前記のとおり本件所有権移転及び同登記が本件譲渡土地の宅地造成事業を遂行するために便宜上行われたものであること、銀行融資については、大末建設が造成工事を行うために多額の資金を必要としたが、宅地造成を行えば本件譲渡土地の所有権取得ができる立場にあつたうえに、既に同工事遂行の便宜上大末建設名義で所有権取得登記がされていたこともあつて、大末建設は本件譲渡土地を金融機関に担保として提供し原告主張の融資を受けたことが認められるので、原告主張の右事情から直ちにその主張の時期に実質的所有権移転が行われたものと解することはできない。

また、同様に、甲第一二号証(証明書)をもつて同証明書記載の昭和五〇年六月三〇日に本件譲渡土地の所有権が共済会に実質的に移転したということもできない。

(四)  最後に、原告は、自己に帰責事由のないまま大末建設の造成工事が遅れ造成費が増加したものであるから、造成費を譲渡価額とするのならば本件取得土地の面積等の確定した昭和四九年を基準とすべきである旨主張する。しかしながら、本件において課税時期は前示のとおり昭和五四年六月八日であるから、原告の右主張は主張自体理由がない。

三  本件譲渡資産の譲渡価額

前記のとおり、本件譲渡資産の面積は、本件譲渡土地の面積(五五〇七平方メートル)から本件取得土地の面積(一二一一・五四平方メートル)を差し引いた四二九五・四六平方メートルとなる。そして、この本件譲渡資産の譲渡所得の計算については、通達三三―六の五によればその価額は換地の造成工事費に相当する金額とされているが、本件取引の内容とその法的性質からみて、換地の造成費と譲渡地の価額とは対価関係にあるので右通達は妥当なものとして是認できるところ、<証拠略>によると、本件譲渡資産である本件譲渡土地の譲渡価額は被告主張の計算のとおり金二五六一万五五九〇円となり、これが本件処分の譲渡所得金額二二九三万九二〇〇円を上廻るので、右譲渡所得金額の範囲内でされた本件処分は適法である。

四  課税処分の公平について

原告は、昭和四六年に住友不動産株式会社が行つた造成工事のときは本件と同種事案であるのに被告は譲渡所得の課税をしていないので、本件処分は不公平であると主張する。

しかし、<証拠略>を総合すると、住友不動産株式会社の行つた原告主張の造成工事は、同社が事業施行者となつて行つた土地区画整理法に基づく住友北鈴蘭台第二土地区画整理事業で、造成後の換地(宅地)を取得した場合にも租税特別措置法三三条の三により所得税法三三条の関係では換地処分に起因して譲渡した土地の譲渡はなかつたものとみなされる場合であるから、同土地区画整理法に基づかない本件宅地造成事業と比較した場合には課税上の差異が生ずるのは当然のことであつて本件処分が原告を特に不公平に扱つたことにはならない。

五  結論

よつて、本件処分は適法であり、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上博巳 小林一好 横山光雄)

別表 <略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例